スペシャルエッセイ 「納豆とわたし」



(この小文は、某新聞地方版のエッセイ公募用に書いた原稿なのですが
規定枚数をおおはばに超えてしまい、かつ
エッセイというにはあまりに非現実的な内容となってしまったので
応募をみあわせてしまったものです)

  納豆とわたし

「これ、どうぞ」夏の朝にふさわしい、まぶしいくらいの白い上下を着たおねえさんが、駅の改札を通りすぎようとするわたしの前に立ってなにかを差し出した。
 当時、まだいたいけな女子高生だったわたしは、手渡されたものをすなおに受けとってしげしげとながめた。そして顔をあげ、目の前のきれいな女性にきいた。「これを、どうしろと?」
 わたしの手のなかにあるのは、手首から肘くらいまでありそうな長さの藁の筒だった。匂いからして、この地方特産の藁づと納豆であることがわかる。
「今日は納豆の日、ですから」彼女はこんな質問にはとっくになれている、という感じで微笑んだ。「消費者のみなさまに、あらためて納豆の魅力を再認識してもらおうと、駅前で無料配布することになったんです」彼女が左腕に抱えた籐製かごには、同じような藁づとがいくつも顔をのぞかせている。
 疑うことを知らない無垢な年齢であったわたしはそれはどうも、とあいまいな返事をし、藁づとを持ったまま駅をあとにして高校に向かった。

 わたしがかよっていた高校は、駅から出て右手に続く坂道をだらだらと十分ほど登ったところにある。城跡がそのまま学校の敷地になっていて、堀だったところに汽車の線路がとおっている。実はこの路線、毎朝わたしが通学に使っているものだ。部活動の早朝練習に参加するためいつも早めに家を出るようにしているので、同じ学校の生徒たちの姿はまだほとんどない。

 手にした納豆を凝視しながら、すでにかよいいなれてまわりをみなくても歩けるようになった通学路を進んでいった。納豆は好物だ、ただでもらえたのは純粋にうれしい。でもこの初夏の季節、授業と部活動を終えて自宅に帰りつくまで、いたませずにいられるだろうか? それに、わたしはまだ学生だからいいが、通勤とちゅうのつとめ人などは、渡された大きな藁づとをいったいどうすればいいのか、と困ってはいないだろうか?
 かずかずの疑問が浮かんできたが、とどこおりなく坂を登り切って校門へと続く橋にたどりついた。この橋は昔の堀、現在の線路の上にかかっている、というわけだ。

 なにかふつうとはちがう雰囲気を感じ、納豆から視線を上げた。橋の終端、校門がわりとなっている旧薬医門の前に、なんにんかの生徒たちが立っている。かれらの顔くらいは知っていた、生徒会だ。

「ちょっと、きみ」たしか生徒会長だったはずの少年が鋭い言葉を投げてきた。「その、手にしているものは、いったいなに?」
「納豆だよ」わたしはやっぱりすなおにこたえた。
「困るな、そんなもの校内に持ちこんじゃあ」彼は黒ぶちめがねのまんなかの部分をひとさし指で押しあげた。「犬猫および小鳥、爬虫類両生類、その他ペットを学校につれてくるな、とこの間の全校集会できまったばかりだろう?」少年の背後には副会長ふたり、書記および会計が横並びになって腕を組み、一様に神妙な表情でうなずいている。

「た、たしかにそうだけど」かれらの強硬な姿勢に少しうろたえた。この学校の生徒会というのは実質的な権力はなく、たんに全校集会の準備と司会をやる連中だ、というのがわたしたち生徒のおおかたの認識だったからだ。「でも、これはペットじゃないよ。納豆だよ」われながらなんだか間の抜けた言いわけが勝手に口から出てくる。
「嘘だ」生徒会長はめがねを朝日に光らせた。「それはきみのペットの微生物だ、まちがいない」
 彼は一歩前に出た。「生徒会が没収させてもらう」うしろの副会長たちもいっしょににじりよってくる。
「いやだ」わたしは藁づとを両手でしっかりかかえ、あとずさった。食べ物、として認識していたはずだったのに、いつのまにかこの納豆は自分のなかで庇護すべき存在に変わっていた。「没収なんて横暴だよ、集会ではそこまできまってはいなかったじゃないか」
 かれらは返事をせず、合図があったかのようにいっせいにつかみかかってきた。

 わたしたちは橋の上でもみあった。だがしょせん多勢に無勢、ひときわ背の高い書記がせいいっぱいのばしたわたしの右手から藁づとを奪いとろうとした。

 足もとから強い振動が突きあがり、続いて長い汽笛が耳を打った。全員が驚き、動きがとまった。

 書記とわたしの手の間から、納豆が落ちた。

 枯れ葉色の藁づとは宙に舞い、橋の下に落ちていった。線路を汽車が走り抜け、ちいさくなった納豆の包みを一瞬にしてかたちがなくなるまで粉砕した。

 あとのことはあまりおぼえていない。橋の手すりにつまかって泣き伏すわたしを、生徒会の面々が後悔のこもった声でなぐさめてくれていたような気もする。徐々にほかの生徒たちが登校してきて、状況をみて大騒ぎになったような断片的記憶もある。だが、あれから二十年ちかくたった今となっては、はたしてこの納豆の日、の出来事じたいがほんとうにあったことなのか、それともわたしの脳内で醸された妄想にすぎないのか、自信もないしたしかめるすべもない。